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ChikaraMishina


第4回 三品智加良さん

■プロフィール

 慶應義塾大学卒。94年に(株)GSIを設立し、ゴルフコースのプロデュース、海外設計者のマネージメント、ゴルフコースの企画運営、国内外ゴルフコースのアドバイス業務などを行っている。

 先日、一昨年、去年と常勝日大ゴルフ部を破り、学生日本一の座についた東北福祉大学ゴルフ部主将大塚君一家とたまたまゴルフをする機会があった。
 さすがに日本一の大学の主将だけあって、ほとんどプロと思わせるショットである。現在4年生。やはりプロ志望だという。

 「すごいショットだけど何歳でゴルフを始めたの?」

 と質問すると、一緒にプレーしていた父親の隆平氏が、

 「実はですね、今から17年前、この子が5歳の時に、札幌東急オープンというトーナメントに連れていったんですよ。そこでたまたま青木功プロのパーティーに付いたら、この子に青木プロがボールをくれたんですよ。『坊や、応援してくれてありがとう』と言ってくれたんですね。そして帰ったら子供ながらに感激したらしく、『僕もゴルフをやるんだ』と言うんですね。そしてせっかくなのでこの子の姉と一緒に始めたんですよ。あの時、青木プロと出会っていなかったら、今ゴルフをやっていたかどうかわからないですよね。」

 ということだった。トーナメント中にギャラリーの中に子供を見つけて、ボールをあげる、などということは意図的にできることではない。自然にできた行為だろう。いかに青木プロが子供好きか、ということがわかるエピソードである。
 さらに彼と一緒にゴルフを始めたお姉さんは、今や女子プロ界で活躍中の大塚有里子プロである。去年はリゾートトラストレディース2位などがあり、賞金ランキング30位となっている。

 この2人の若きゴルファーが生まれるきっかけとなったのが、青木功プロだということである。
 もちろん青木プロは、自分の行為がきっかけで、将来有望なゴルファーに育っていた、なんてことには、全く気がついていないだろうと思う。
 青木プロの子供好きは、かなり昔からだったようである。

 そう言えば、筆者には、青木プロと子供の出会いの中で、忘れたくても忘れられない1シーンがある。忘れられない青木プロの思い出のシーンは、もちろん数多い。ハワイアンオープン優勝の時の笑顔や、1980年全米オープン、ジャック・ニクラウスとの死闘の時の厳しい顔など、印象深いシーンばかりである。

 しかし、それ以上に心打たれたシーンが、4年前の第1回青木功ジュニアキャンプ閉会式の時の青木プロだ。

 キャンプが終わり、最後に青木プロが子供達に挨拶しようとした時のこと。何かもじもじしているな、と思ってふと青木プロを見ると、言葉に詰まりながら、目に一杯涙を溜めていたのだ。そして一瞬、すうっと一滴の涙が落ちた。もちろん子供達は見逃さなかった。そして気を取り直して言った挨拶が、

 「おじちゃんはね、さようなら、という言葉が大嫌いなんだよ。だから今日は、また会おうな、という言葉でお別れするよ。」

 というものだった。
 筆者もジーンと心に響くものを感じたのは、言うまでもない。筆者も涙がこぼれるのを必死にこらえるのが精一杯だった。会場にいた数十人の子供達やスタッフ全員も同じだったのではないか、思う。後で、参加した子供達からの作文の中に、「僕はあの時の青木プロの涙を一生忘れません。」というものがあった。筆者も同感である。

 こんな青木プロの素顔そのものが、また存在そのものが周囲の人達に感動を与えているのではないだろうか。青木プロからは、ゴルフというスポーツを通して、心と心の触れ合いを、いつも教えてもらっているような気がしてならない。

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