青木功カレンダーに長年 一言(いちごん)書い頂いていた
菊谷匡祐氏が 1月18日にお亡くなりになりました。
昨年暮れ 会い それが最後になりました。
今年のカレンダーが 先生の最後の 文章です。
残念です。
ご冥福を お祈りします。合掌
菊谷匡祐氏プロフィール
神奈川県出身。
早稲田大学在学中に、所属していた新聞部の原稿依頼を契機として、開高健の知遇を得る。
その後、自身が開高健に提供した資料「カフカの断片集中の一片」がもととなり執筆された「流亡記」により衝撃を受け(本人曰く「30枚の短編のはずが120枚の中編となったことが、そのまま彼我の構想力の差に感じられた」)、「開高健の鑑賞家」となることを決意する。
1962年に早稲田大学大学院修士課程修了後、出版社勤務ののちも開高健との公私に亘る親交は続き、ブラジル・アマゾンへの取材行にも同行する。
その後も自身の著述・翻訳を行うかたわら、開高健の関係するテレビ・雑誌等の企画にたびたび関与した。